今日は「【小林桜ものがたりvol2】私が生まれるときのこと」
につづき
「私が赤ちゃんだったときのこと」をお話しますね。
母が大阪市で里帰り出産をして、
その後母方の祖父母宅に赤ちゃん生活がはじまりました。
世代もあると思いますが、私の母は
「赤ちゃんは泣くのが仕事」と思い
泣いても泣いてもそのまま寝かせておいたそうです。 涙
このことを私の娘に話すと、
「え!?おかあさん、あかちゃんのときないても
おばあちゃんにだっこしてもらえなかったの~?」
半泣きで悲しまれショックをうけたことがあります。(苦笑)
それから、
「おっぱいが出やすいと思って」母は授乳しながら牛乳を飲んだりした。
とか。。
まあ、
なんというか、若い母親?ですね。。いや、それは若いお母さん方に失礼だ。。
なんといっていいのか。。
まあこんな風で、
私と母は気持ちが通い合わないし、感じ取ろうともされない
ということが起きていました。
私が大人になってわかるのは、
母は「感情」と感じるのが苦手なタイプなのです。。
ちなみに父の方は
「赤ちゃんというのはバカだから(なんにもわかっていないから)」と
のたまっておりました。。
なんだかな~。。な両親ですが、
私が大切に愛されて育てられたことは間違いありません。
第1子でもあり、母方祖父母にとっては初孫であり、
かなり期待と注目を集めて育てられました。
でも、
自分の気持ちを分かってもらえない、声を聴いてもスルーされる、
本当の望みは叶わない。
そして周りから大きな期待をされている。
そんな世界観が刻み込まれる形で人生のスタートを切ったわけです。
そんな赤ちゃん時代の環境が
私の性格や信念に影響を与えないわけはない。
と今はよくわかります。
ですが、
そんなことはとくに意識しないで漠然と
私はなにかをいつもあきらめたようにして、
自分の望みは聞いてもらえないし叶わないような気がして手を伸ばすことをためらう、
というような人生を大人になってから送ってきたと思います。
親は親で一生懸命育ててくれて、私は不自由なく大きくなりましたが、
大好きなお父さんお母さんとには
私自身の本質を感じてもらっているという感覚は得られることがないまま
本心ではとても寂しい思いをして生きてきだな~
と改めて気づきます。
だからこそ、
大人になった私は
言葉にならない小さき人の思いや意識を感じておきたいし
よくも悪くもそこに「こだわり」があるなあ。
とわかります。
ね~。(笑)