社会人になって5年目。
君の誇らしさを胸にしっかりと抱き、
私は大学病院Aに戻った。
そこから病気療養で退職するまでの3年間は
体調も不良になり精神もギリギリのところが続いた
最も苦しい時期だったと思う。
渦中では気づいてなかったけど
苦しみを生んだ一つの要因は、
妊娠中絶に関わることだった。
浪花節で研修医だった時は
先輩がそれやるのを見るだけで済んだが、
Aにきて以来、
産婦人科を専門にする医師として君に関わる以上、
このテーマは完全に避けることができなかった。
当初、私は
産婦人科医は当然それをするものと捉えていた。
それが自分の”たましい”にとって
どんなインパクトを与えるものなのか、
当時の私は全くわかってはいなかったが、
自分もそうするもんだと思い込んでいた。
私は自分のからだで経験することを通じて
それがなんなのか、
知ってみたかったかもしれないが。。
女性が妊娠を中絶を選択できること。
そのこと自体は我々の社会の非常に大切な仕組みだ。
その考えはずっと変わらない。
しかし、
自分の手でそれを行うこと。
この手に器具をもち、握りつぶしていくこと。
その女性の望みに対してサービスすること。
それは自分のたましいにとって
とても痛みがある行為だったようだ。
医療サービスとして
利用する人にとっては大切な行為ではあっても、
この手を使ってこれをとり行うことが
この私にとってどういう行為なのか。
それは個人的な感性や霊性に照らし合わせて
捉え直す必要があったことだっただろう。
私自身が自分の感性に対して
無自覚で麻痺的だったことが一番の問題だが、
30才そこそこで大した人生経験もない私には
無理もないことにも思える。
Aを退職後、
私はエネルギーワークや家族心理セラピーに取り組み
その間「中絶」のテーマはかなり長く私と共にあった。
時々でセラピーのフィールドに浮かび上がってきて
その都度これを紐解くことになった。
中絶されて空に帰った天使は
お母さんのことを恨んではいない。
といった視点を受け入れることで癒される人がいるが、
私の通ってきた道は
それとはあまり交わりがない類の話だった。
戦争体験でもない限り
現代社会において人を殺す役割を経験する人は稀だろう。
法的には人命ではないかもしれないけど、
私の感性では小さな同胞のいのちだ。
同じ立場である産婦人科医らは、
日々激務に励む中あえてそこにフォーカスせず
使命を果たして働いてくれてるかもしれない。
私の悩みが間違って伝わり
彼らへの非難と捉えられたくなかったし、
身近に心情を打ち明けられる人はほとんどおらず
それもまた苦しいところだった。。
なんでもやってあげられたら喜んでもらえるだろうが、
血や生々しいことが苦手な人がいるように、
手の技術は持つことは可能であっても、
こういうことには別の面での向き不向きがあるのだ。
と、今は思う。
自分のたましいが傷ついて、悲鳴をあげて、
初めて自分の深い望みがわかる。
残念かな、そんなこともあるさ。。苦笑
私の場合、
研修医の頃から頼りにしていた手がきかなくなり
ある時から一気に不自由になって
外科的な仕事に不安が出るようになってしまった。
やりたいことなのか、
やれることなのか、
それを自分がやれるようにしたいのか、
他の人にやってもらえることを期待するのか、
やらないでただ距離をとるのか、
わからないからやって経験してみて判断するのか、
どの選択が
自分のたましいの健やかさを保つのか。
今はその都度検討することにしている。
しかし、中絶に関わることへの葛藤は
君との全面的な関わりを妨げることにもつながった。
君を望まない妊娠している女性とどう関わりたいのか、。
君を好きだったからこそ、私はあきらめきれず模索し続けた。
その後、知り合った産婦人科医が、
「どうしてもしたくないことはやらなくていいと思う。
私は中絶、基本的にやったことがありません。」
と言ったので、私もずいぶん気が楽になった。
また、大学時代の同窓生の女性産婦人科医が、
「自分も同じ毒を飲むつもりでやるから、あなたもこの先しっかり生きなさい!
という気持ちで関わっているよ。」
と話してくれた時は、そんな勇ましい向き合い方もあるのか。
と、とても参考になった。
これからは、日本でも薬での中絶が始まる兆しがあり
これからはまた変化もあるんだろうと思う。
「自分を機械のように扱ってはいけないよ。」
と、いつか沖縄ユタの女性が言ってくれたことがあった。
その時はその意味がわからないくらい
自分を使役していたと思う。
今となっては
昔の自分にかけてあげたい大切な言葉だ。
いのちを君と生きる方向に使う。
その逆に使うのでは、私のたましいは死んでしまうようだ。
中絶に関わって経験した痛みは、それがよくわかることだった。
私は、目の前の女性の望みに応えたいのではなく
君に、この先生まれる人のために、仕事をする。
私はそういうたましいである、
と今は知っている。
なんにおいてもいえることだとは思うが
仕事においては特に、
やらないという選択肢を大切にするようになった。
というわけで、
今は中絶の案件で関わることはほとんどない。
そのテーマを抱えている女性に応対する時には、
この痛みのある経験を昇華して
女性としてもまた前向きに生きてってほしい、
という願いから
「幸せになってね。」と、声をかける。
些細なことではあるけど
自分なりの関わる姿勢をみいだしてから、
私は自分に安堵して、
またできるだけ君のそばにいたい
と純粋に願うようになった。
だから仕事を続けられている。
追伸:奄美大島2日目。
大島紬で有名な泥染でマフラーを染めた。いい色〜!
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