久高島。太陽神と結婚と離婚と。たび、つれづれ。

沖縄旅の2日目からずっと見つからずにいた時計と指輪たちが、

出発前夜にまた姿をあらわした。。

毎日必ず触るポーチの中から。

なくしたかも!と宿で騒ぎながらも、
旅が終われば出でくるさ。という感覚もずっとどこかにあった。。

自分がそこに入れて、入れた記憶を封印して、また解いたかな。笑

私は自分で作ったドラマを生きてる。

というわけだ。

ならば、もっとやりようがあるよね。

ドラマの外に出て生きる道もあるか。。

さて、このターコイズの指輪とAGATHの時計。

両方とも1度目の離婚の直後、住んでいた京都のデパートで買ったもの。

自分のために好きだと思う「ちょっといいものを買う」のがその時の象徴的な行為でした。

指輪を左薬指にはめるのは、自分と結婚する。という意味も込めたのかどうだったか。笑

話かわって、ついこのあいだの冬のこと。

ある時期に連続して新しく強烈な出会いがあったことをきっかけに、

私のハートの痛みがあらわになり、昔の傷が溶け出し強烈なヒーリングが起きました。

そこからはもうすごかった。。

神に愛されているような官能的な心地の良さが

このからだを超えて私を包むエネルギーの全身を巡るような感覚に

陶酔するような毎日。

やわらかい太陽の光が降り注ぐと、

その感覚が巡る。

私はどうなってしまったのだろう。。

日々目に入るものが全く新しい美しいものに見えてしまう。

発する声に愛がのっている。

私の無茶が全て世界に受け止めれられて助けられていく。

その状態が1ヶ月半続いて、消えてしまったのですが。。

その間に2度目の離婚をしました。

何年も話していたので、思いつきではないのです。

その流れの中で強く後押されて、当たり前のようにそう決断することができたのです。

子どももいるしそれが良いか悪いかわからないけど、

「私はまた私に戻った。」

ターコイズの指輪もまた指に戻ってきました。

そして、

冬の終わりに呼ぶ声がきこえて春の終わりのこの時期に沖縄のたびに行くことに決めました。

というのが、今回の旅のいきさつです。

イシキ浜。ニライカナイにいのる大切な場所。ガイドさんに促されて、この浜でいのらせてもらいました。

沖縄は他者や先祖とのつながりの領域が濃くて、

それゆえに周りの助けが得られやすく生きやすいという良さがあることを

産婦人科医として仕事をしていた時期もに特に多く見てきました。

そして、他者との境界があいまいになりすぎてしまう苦しさも、またあります。

ヒーリング科学のバーバラブレナンのいう「アストラル」領域の話です。

以前また別で沖縄に行った時に

私は身動き取れないほどの「アストラル」なモヤモヤに包まれてしまった経験があります。

そして、日常的に私は胸の痛みと連動してそういうグレーなモヤモヤがかかった状態になりがちです。

今回のたびでは

なるべく意識して自分のエネルギーを観察しようと心がけていました。

でも、

旅で出会ったり再会した人らと毎日お酒を飲んだりしているうちに

いつのまにか意識が途切れていました。

旅の最後にひとり久高島にたどりついた時。

ふと気がつくと

自分の形がだらりとして周りとの境界があいまいになっているかのような、

なんとも言えない独特な、

でも私には「とても馴染みのある」エネルギー状態になっていました。

グレーなもやがかかって包まれていたのです。

理論的な思考をする左脳のはたらきが弱まり、言葉を見つけるのも難しい状態になります。

それが今朝、東京に帰ろうと準備をしていた時のこと。

出てきた時計と指輪もして、パッキングして、とするうちに、

私のエネルギーの形がぐっと構造的になり締まってきて、

姿勢も整ってくるのが面白いくらいありありと感じられる

という不思議な体験をしたのでした。。

友だちのくーちゃんが作ってくれた神聖な寝まきを着て、セルフタイマーで撮影してみました。久高島っぽいでしょ。笑

東京から沖縄、久高島にいくと、

私の持つ「つながりやすさ」や

「目に見えないものからの影響を受けやすさ」は

なんら特別なものではなく

女性としてむしろ「当たり前の質」だと思えてきます。

女性は、子どもを産み育てるときにそういう性質がある方が生存に役立つ。

だから、大丈夫だ。私は、単純に女なんだ。

怪しい者ではないのだ。

昔から、女性は多かれ少なかれこんな風なんだ。

今回の旅では、そんな腑に落ちるものがありました。。

久高島のガイドさんから聞いた話では、

琉球の時代、高級神女は太陽神と結婚し一般の人間との結婚は許されなかったということ。。

このあいだの冬、

もしかすると私は、

一時的に太陽の神と結婚していたのかもしれない。。

いや、気まぐれでデートしてもらってた。って方が合ってるな。

笑。

 

東京のような構造的な場で

自分の人生を支える構造を作ってゆくことと。

沖縄のようなエネルギーが溶け合うような場で

自分の本質を自由にさせてやること。

その両方が今の私には必要です。

ということで、つれづれなるままな話の結論は、

これからはしばらく行ったり来たりしてみようかな。

ということでした。笑

関連記事

  1. 久高島。女が男のためにいのる浜で。

  2. 世界を形造る。〜セドナの旅後記

  3. 7月22日(日)お話会のご案内「いのちを生みだす」こと〜ファ…

  4. 175年後のこと。

  5. ”I want you.” の真逆の態度とは。

  6. ひさしぶりに手術室に入って思ったこと。